From renge @bloo ( HP )
To denman @bloo
at 2004 09/23 15:14 編集 返信
お別れの書き込みです。
長い間ぐずぐずしていた結論がこれです。
わたしはもっと、気楽に楽しくインターネットを楽しみたいのです。
こてまで優柔不断な態度をとり続けていたことを、おわびします。
denmanさんとわたしとでは、ネットにたいする考え方に次元のちがいがあると思います。
それでは、ますますのご活躍をお祈りいたします。
RENGE
レンゲさんの Machikado 掲示板
に次のような投稿がありました。
From renge @machikado
To danielhiroko @koubo
at 2004 09/23 21:05 編集 返信
そうですよね・・・
>rengeさんも、心をたくさん遊ばせてあげてね。
これなんですよ。
わたしなんて大人の皮をかぶった4歳児なもんで、
周囲から大人であることを強要されているようで、
つねに息苦しさを感じています。
子供と本気で遊ぶのっていいですよね!
わたしも大好きです!
遊んであげているんじゃなくて、いっしょに遊んでいる、
自分が原点に戻れて、ほっとします。
わたしも、何か“心を遊ばせてやれる”ことを探します。
レンゲさんはこの投稿を「お別れ」の投稿を書いてから6時間後に書いてます。
「わたしはもっと、気楽に楽しくインターネットを楽しみたい」
でも、デンマンさんから「大人であることを強要されているようで、つねに息苦しさを感じています」
私はつくづく自分が「大人の皮をかぶった4歳児」なんだと感じます。
端的に言えば僕とレンゲさんの次元の違いというのはこういうことなんですね。
『対話』ということに対してレンゲさんは不安を抱いているんですよね。一般的には対話を持つことによって、誤解がなくなったり、お互いの理解を深めることが出来るのですが、レンゲさんの場合は対話を持つような家庭環境ではなかったために、『対話』にたいして不安感・不信感を持っている。
自分が対話を持とうとして拒絶されたような経験を持っているために、どうしても『対話』が身近に感じられない。
『対話』には常に忌まわしい思い出が絡まっている。だから、分かってはいても無意識に避けようとする深層心理が働いているようです。
だからますます自分のうちに閉じこもってしまう。
しかし、次のように4歳児を脱皮しようとするレンゲさんも居たんです。今でもレンゲさんの肉体にはそういうもう一人の意欲的なレンゲさんが居るはずなんです。
次の引用は『愛のことなら何でも』フォーラムからコピーしたものです。
ネットで『愛』に目覚める
レンゲさん?

レンゲさんは書きました。
引用:
2004-8-16 19:46
ご苦労様、ありがとうございます。
バンクーバーでのわたしは、denmanさんに
エスコートされて、のびのびした表情をしていますね。
ここ大阪では考えられません。
精神年齢32歳ですか。大人ですね。
昔から思索にふけることが多かったのですが、
そういった時に、わたしは大人になれるのかもしれません。
でも、妄想にふける中学生のわたしもいますが。
もうひとつ言えば、不安にさまよう4歳のわたしもいます。
わたしの詩・・・(自分では自慰行為と呼んでいますが)
人に見せるのも、まして批評していただけるなんて、
全く初めてだったんです。
denmanさんが感想を書いて下さって、
冗談ぬきで、舞い上がるようないい気持ちです。
ネットで公開してよかった・・・
denmanさん、denmanさんは少々わたしのことを、
買いかぶっておられるんじゃないかと、少し不安です。
わたしがdenmanさんの“心の恋人”足り得るか・・・
いつか、ガッカリさせてしまうのではないかと、
自分自身の内面を省みて、心配になっています。
それにしても、わたしは幸せ者ですね。
この、“夢のバンクーバー”で、わたしはdenmanさんを独占してしまったのですから
本当にありがとうございます。
質問の方もできるだけ早く、残りをお答えしますね。
RENGE
デンマンは無理やりと言っていいほどの強引さでレンゲさんを、“夢のバンクーバー”に連れてきてしまったわけです。
ネットというのは本当に便利だと思いますね。現実にはとてもこういうことは出来ません。なかなか時間の都合が付かないし、無料ではとてもバンクーバーには来られない。
ところが、ネットではこれが「現実味」を持って疑似体験できる。全く無謀だとしか思えないようなことが、ネットでは、いとも簡単に「実現」できる。しかも、現実に起こる出来事に遭遇する時に残されるような心の傷だとか、ショックから無縁で居られる。
そして、この“夢のバンクーバー”でレンゲさんは
引用:
バンクーバーでのわたしは、denmanさんに
エスコートされて、のびのびした表情をしていますね。
ここ大阪では考えられません。
という疑似体験を持ったようです。
レンゲさんがネットの世界に足を踏み入れた時、ちょうどレンゲさんが現実の世界で“新しい愛の予感に”ワクワクするように“何かが生まれ出る事”を期待したようです。
次の引用はレンゲさんのBLOG(『愛ある考察』)から拝借したものです。
引用:
2004-07-18 20:42:06
愛とは?
いったい人は、何を愛と呼ぶのでしょうか?
恋愛、家族愛、人類愛、書き並べればきりがないように思えます。
でも、どれも所有欲や性欲、自己満足や惰性など、愛とよべるのかどうかわからないものの、置き換えである事が多いように思えるのです。
これはわたしにとって、大きな疑問のひとつです。
「愛とは何か?」という大きな疑問を前にして考え込むレンゲさんの姿を見ることが出来ます。
1日おいた19日のBLOGには次のように書いています。
引用:
2004-07-19 11:01:03
難しく考えなくても大丈夫かな?
わたしは一時、「愛」と言う言葉を聞くのも使うのも嫌でした。それは、愛の正体がわからなくて、簡単に愛してるとか言うことに疑問をもっていたからです。
今でも愛の正体なんてわからないけど、少なくとも愛のしっぽはつかまえた気がしています。答えなんてでなくてもいいから、今はひたすら考えてみたいと思います。
「答えなんてでなくてもいいから、今はひたすら考えてみたい」というレンゲさんの「本当の愛」を見極めたいと言う強い願望が伝わってきます。
レンゲさんは、果たして、ネットで「本当の愛」を見極めることが出来るでしょうか?「本当の愛」に目覚めることが出来るでしょうか?
ところが、今回のような落ち込み状態になると、前向きで意欲的なレンゲさんが引っ込んでしまって、4歳児に後退してしまうひ弱な女が前面に出てきてしまう。
やっとその気になったのに、またまた後退してしまった!
でもレンゲさんが落ち着いてしばらく考えれば、またこの前向きで意欲的な熟女が前面に出てくるような気がします。「愛を考えるレンゲさん」は確かに30女の思慮と分別を持っていたんです。
ところが情緒不安定なレンゲさんはその女を持続することが出来ないんですね。そのことをレンゲさんも分かっている。しかし分かっていながらどうすることも出来ないところにレンゲさんの意思の弱さがあるんですね。僕はそう思っています。
レンゲさんの信頼するドクターが治せないんだとしたら、あとはレンゲさんが気づくことを待たなければならない。僕がこのことを書こうとすると、レンゲさんは殻に引き篭(こ)もってしまう。その嫌な次元の違う投稿のやり取りが、すぐ前の投稿に書き綴られた記事です。
そういう投稿を読んで、次元が違うと感じて嫌になってしまった。
誰だって、嫌なことを聞きたくないし嫌なことをやりたくない。
「わたしはもっと、気楽に楽しくインターネットを楽しみたいのです」というレンゲさんの気持ちも良く分かる。しかし、それが4歳児のレンゲさんなんだということを知っていながら、この安易な逃げ場に引き篭もってします。これが今のレンゲさんです。
8月30日にレンゲさんが「切れ」ましたが、ひとたび「切れ」たレンゲさんが戻ってきましたからね。
From renge @bloo ( HP )
To denman @bloo
at 2004 09/08 13:03 編集 返信
ありがとうございます!
ほんとうにありがとうございます。
わたしが、グレていた間もXOOPSに行きたかったんです。
でも、わかっていただけたらうれしいもですが、
不良娘は、それができないんです。
できないから、どんどん距離が大きくなる。
わたしの家庭はそんな所でした。
「話し合い」なんて、タブーでしたから。
トラブルが起きるたびに、家族の溝は深まっていきました。
わたしは、その家庭崩壊を、追体験したような
そんな気持ちがします。
でも、denmanさんは、玄関の鍵をあけてくださるんですね。
感謝します。
できそこないの身に、痛いほどしみてきます。
ありがとうございます。
半年か?1年先か?あるいは2年先か?XOOPSに戻ってくることも充分考えられます。
この投稿を読んでくれるといいのですがね。とにかく、レンゲさんのために、XOOPSはいつでも温かく迎える容易がありますからね。レンゲさん、いつでもその気になったらやってきてね。
お待ちしています。