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[99] 自伝・阿部定の生涯 その6
Name: 伝万ですよ。 (HOME) E-MAIL
Date: 04/17 06:58
自伝・阿部定の生涯 その6


大宮先生に私が手紙を出しさえしなければ世間から気違いみたいに思われるような事をしないですんだろうと思うのです。それが残念です。
どっちにしても石田は殺すより仕方がなかったのです。石田を殺してしまうまでは自分の身の振り方などてんで頭にありませんでした。

でも、殺してしまってから自分も生きては居られない、死ななければならない、と思い死ぬのを厭とも思いませんでしたが先生の事を考え、昨日手紙さえ届けなかったら、この事件で先生が引合に出される事はないのに手紙を届けたばかりにきっと警察に調べられ迷惑をかけるに違いない、何としても申訳ないので一目会ってお詫びしたいと考えました。

もし先生の事を考えなかったら私はきっと「満左喜」の二階か物干で頸を吊って死んだのでした。でも、先生の事を考えて外出する気になったばかりに石田と別れるのが淋しいので石田のシャツを着たりおチンチンを切ったり気違いじみた事をしてしまったのです。そんな事で、世間から変態のように言われるのがとても口惜しいです。

5月18日午前8時頃、待合「満左喜」を出た時は50円ほど持っており新宿伊勢丹の角で自動車を乗り捨て新宿駅に行って円タクに乗り、上野の松坂屋前で下りました。午前9時頃付近の小野古着屋に行き仕度を変えるため、着ていた白地玉結城の袷と銀鼠地ウズラ織袷羽織とを13円50銭で売り、鼠色麟飛模様単衣御召を5円で買い店の次の間で着換へ、小僧に頼んで木綿風呂敷を買ってもらい新聞包の牛刀をその風呂敷に包んでその店を出ました。

それから松坂屋前の電車通りの下駄屋に行き桐駒下駄を1円40銭で買い、穿いていた表付の下駄をその店に預け、その店の世話で隣の電話を借りて「満左喜」の女中さんに昼頃帰るからそれまで起さずにおいて下さいと言うと承知してくれたので未だ判らないと安心し、なお神田の万代館にいる大宮先生に電話をかけ5分か10分でよいから会って下さいと言い、万惣果物店の前で会う事になりました。円タクに乗って行きそこで先生に会い、円タクで日本橋木村屋喫茶店に行きコーヒーやトーストを取って暫く休みましたが、私は先生を見ると申訳なく涙が出て仕方がありませんでした。

店が騒しく詳しい話が出来ず「失礼な手紙を差上げて申訳なかった」というお詫びを言い昭和通りのそば屋で私だけ天丼を食べ先生に是非一時間くらいゆっくりしてもらいたいと言うと先生はそれでは「夢の里」へ行こうと言いましたが全然知らない旅館に行きましょう言って、それから円タクで大塚の方に行き市電車庫付近の「みどり屋旅館」に行きました。

私は「みどり屋」に行っても唯泣けて仕方なく先生には石田を殺した事は言わず、それとなく「今後どんな事があっても貴方は私を金で買っただけの事だからそういう気持ちで居て下さい」と言う意味のことを繰返し「心から貴方を思っているから私を恨まないで下さい」と言って泣いていました。

ところが先生は私の気持が判らないとみえて情夫の事で謝っているのだと思ったらしく、今更そんな事は言わないでも判っている、この間からアパートを借りようと思って探しているが良い所がない、今日やっと校長を辞めたので今までに一番気持ち良くお前に会っているのだと言いました。私は何も知らない先生の朗らかな気持ちを考え一層申訳なく泣きましたが久し振りで私と会った先生の気持ちを察して慰めるために、とにかく寝ましょうと言い、宿の人に布団を敷いてもらい先生に知れない様に腹に巻いた褌を取り、シャツ、ズボン下を脱ぎおチンコの紙包はそっと布団の下に入れ、先生と寝ました。

その時、先生は私に「変な話だがお前は少し臭い」と言いました。私は気持ちが少しも引き立たず全くお義理で先生と関係し、その後、先生が入浴して居る間に元通りに仕度し、勘定は先生から受取った10円で払い午後1時頃「みどり屋」を出て円タクを拾い新宿に行きました。途中、先生は今度25日に東京駅で会うと言って小石川の壱岐坂で下り、私は新橋六丁目で自動車を捨てました。

初めは先生と会ってから死のうと思っておりましたが、先生と別れてから私はどっちにしたって死ななければならないと漠然と考えておりましたが石田の大事なものを身に付けているため安心した気持ちでいることもならず、もっと石田と一緒に居て石田を追慕したり何かして楽しむため東京に居て、それから大阪へ行こうと考えておりました。その時私が着て居たお召しの単衣物はまだ時期が早くて似合いませんし、上野で買った駒下駄はきつくて足が痛かったものですから新橋中通の「あづまや」という古着屋でセルの単衣物と名古屋帯と帯上げを12円20銭で買い着物を着換へて出かけました。近所の下駄屋で総革草履を2円80銭で買って履き駒下駄は紙箱に入れてもらってブラ下げて出ました。

近所で2円50銭の眼鏡を買ってかけましたが、もちろん人目につかないようにするためでした。午後4時頃、新橋6丁目市電停留所の寿司屋に寄り寿司を50銭取り少し喰べ、残りを包んでもらいぶらぶら歩いて銀座のコロンバンという喫茶店に寄り、そこを出てから昭和通りまで歩き円タクで浜町公園に行き、そこのベンチに腰掛け、一時間ばかり考え込んでおりました。

いくら考えてみても結局前と同じような事を考えるだけで、どうせ死ななければならないのだから大阪へ行って生駒山から谷底へ飛び込んで死のうと思いました。三原山の話は聞いておりますが行く道さえ知らず、生駒山なら遊びに行った事があって知っておりましたから、そこで死のうと思ったのです。

いずれにせよ直ぐ死ぬ程の勇気は未だなく、しばらく石田の事を考えていたいような気がしたので今晩一晩東京で泊ろうと思い、公園前の喫茶店でコーヒーを飲みながら夕刊を見たところ、未だ変った記事はありませんから大丈夫だと思い夜10時頃、浅草の上野屋という以前泊った事のある宿屋に行きました。行くと直ぐさっと風呂に入りましたが、大事な紙包は風呂場へ持って来て置きました。二階の部屋で一人寝ましたが布団の中でその紙包を拡げ、石田のおチンコと睾丸を眺めて少しそれをシャブッたりちょっと当ててみたり色々考えて少し泣いたりして、ほとんど眠れませんでした。

朝早く帳場の新聞を借りて見ると、私の若い時の写真や尾久の事が書いてありましたから宿の者にこの新聞が見られては大変だと考え布団の下に隠しておき、19日午前10時頃勘定を払い雨が降っていましたから下駄と洋傘を借りて宿を出ました。

大阪へ行くのは夜行にしようと思い浅草に行き松竹館に入り、お夏清十郎の活動を見て午後2時頃青バスで銀座に行き、少し歩きましたが恰好が悪かったため円タクで品川駅に行きました。午後4時頃に大阪行きの三等普通列車の切符を買いました。この汽車は6時19分で未だ2時間もありましたから駅の売店で新聞5通買い、汽車で読むつもりで荷物と一諸に包み駅前の喫茶店で酒一本飲みましたが空腹のためとても酔い、眠くなってしまいました。

それで、午後5時頃近所の品川館という旅館に行き、湯に入ってからビールを一本飲み按摩を呼んでもらいました。そのうち良い気持ちで眠ってしまい、石田の夢を見たので寝言でも言わなかったかどうか按摩に聞きましたが何事もありませんでした。

按摩を帰してからご飯を食べ、夕刊を見ました。それまではそれ程に思っておりませんでしたが、高橋お伝だとか何とか大変なことを書きたてて各駅に全部刑事が張り込んでいる事が書いてあったので大変な事になった、もう生きてはいられない、大阪へ行くどころではないからこの宿屋で死のうと決心し、買った切符は番頭に頼んで金を取り戻して貰いました。このまま宿屋に居れば警察から調べに来てその晩のうちにも捕まってしまうから早く死にたいと思いました。

しかし、欄間が低いため頸を吊ると足が届いてしまい死.ねそうもありませんから逮捕されるのを覚悟で午前1時まで起きておりました。ところが警察から誰も来なかったので部屋で死のうと思い、朝女中に頼んでそれまでの勘定を全部払ひ離れの部屋に移してもらいました。そこで頸を吊り庭まで足を延ばせばきっと死.ねると思いましたから、レターペーパーや万年筆を借りて大宮先生と黒川さんと死んだ石田に宛てた遺書三通書きました。

石田吉蔵宛には「私の一番好きなあなたが死んで私のものになりました。私も行きます」と書きました。本気で死ぬ気だったのです。

夜中に死ぬつもりでビール2本ばかり飲んでから寝ていると、その日午後4時頃警察の人が来たので阿部定は私ですと言って捕まった次第です。

警視庁に居る頃は未だ安心して嬉しいような気持ちでした。石田の事を話すことは嬉しかったし、夜になると石田の夢を見たいと思いました。
刑務所へ来た当座も未だ石田の夢を見ると可愛いような嬉しいような気持ちがしておりましたが一日一日と気持ちが変って、この頃ではあんな事をしなければよかった、馬鹿馬鹿しい事をしたと後悔しております。殺したことは仕方がないとしても、殺して石田のおチンチンを切り取ったりシャツを着たりしなければ良かったと思います。一番後悔して居ることは、あんな事さえしなければ今頃は大宮先生と一緒になって幸福なのだがと思うことです。

しかし、大宮先生がいるから石田の事を馬鹿馬鹿しいと思うのではないかと考えると石田に申訳ないような気もします。今ではなるべく石田の事を忘れようと骨折っております。今後この事件の事は口にしたり考えたくないので、出来れば公判とか裁判とか大勢の所で色々の事を聞かれるよりお役所でしかるべく相談して刑を定めて下さい。不服は言わず快くその刑を受けるつもりです。その意味で弁護士はいらないと思うのですが、ただ世間から私を色気違いのように誤解されるのが一番残念で、この点申開きをするため弁護士を頼もうかと思います。

ですから最後に申し述べさせて頂きたいのですが、私が変態性欲者であるかどうかは私の今までの事を調べてもらえば良く判ると思います。今までどんな男にも石田と同じような事をした訳ではありません。今までは自分を忘れて男と関係したことはなく好きな男だと思い金をもらわないで遊んだこともずいぶんありました。それでも自分を忘れず時と場合と考えて簡単に別れておりました。

例えば中川朝次郎さんにしても寝た時は良いが顔や姿の悪いアラが良く判っており、同人と関係して自分が眠っている間に帰られ、今頃は奥様を抱いているなと想像しても平気でした。大阪で淫売している時に知り合った八木幸次郎という人は様子も良いし表面金離れもよかったし、かなり惚れ合っていましたが金もないのに取りつくろって見栄をはる様子が目に付き、別れるのを何とも思いませんでした。今まで私はそれほどに理性が勝って男にビックリされた事もありました。

ところが石田だけは一点の非の打ち所がなく、強いて言えば品がありませんが、かえってその粋な所を私が好いたので全く身も心も惚れ込んでしまったのです。女として好きな男を好くのは当り前です。私の事は世間に判ったから可笑く騒がれるのですが、女が男のモノをすごく好きになるのは世間にざらにあると思います。

早い話が女が刺身を好かなくとも亭主が好けば自然と好くようになり、亭主の留守に枕を抱えて寝たりする事は良くある事と思います。自分の好きな男の丹前の臭いをかいで気持ちを悪くするような女がありましょうか。好きな男が飲み残した湯呑の湯を呑んでも美味(おいし)いし、好きな男が噛んだものを口移しで食べても美味(うま)いと思う事もよく世間にあります。

芸者を落籍するのも結局、自分一人のものにしようとするからで、男に惚れた余り今度私がやった程度の事を思う女は世間に居るに違いないのです。ただ、しないだけのことだと思います。

もっとも、女だって色々あり恋愛本位ではご飯が食べられないと思って物質本位の人もありますが、恋愛のため止むに止まれず今度私のしたような事件になるのも色気違いばかりではありません。このことが分かって頂ければと思っております。

【阿部定事件予審調書に基づいて編集】

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